なにか壁にぶつかった時に、「どうすれば、幸せになれるのか?」と考えたことはありませんか?今回のレポートでお伝えしたいことは「どうすれば、幸せになれるのか?」と考えてしまうと、幸せから遠ざかる・・・という話です。
「どうすれば、幸せになれるのか?」と考えると、うまくいかないこともあるという話ではなくて、いつもうまくいかないはずだ、もしうまくいくことがあるとしたら、それは別の理由があるはずだ、という主張をまずはお伝えしていきたいと思います。
「どうすれば、幸せになれるのか?」と考える時、いつも人は「いま、目の前にないもの」を求めます。たとえば宝くじが当たったら・・・志望校に合格したら・・・とか、結婚したら・・・とか、子どもが生まれたら・・・とか、子どもが志望校に合格したら・・・とか、資格を取得できたら・・・とか、●●を手に入れたら・・・などと考えます。つまり裏を返せば、「●●が実現すれば、幸せになれる」考えるのです。
あなたにとっての「●●」はなんでしょうか?
さて・・・「●●が実現すれば、幸せになれる」と考える時、「●●」はそう簡単には実現しないことが前提になっています。むしろ「●●」がそう簡単に実現しないからこそ「●●が実現すれば、幸せになれる」という信念がもっともらしく感じられるのです。
そして「●●が実現すれば、幸せになれる」と信じることから、悲劇は幕を開けるのです。
まず「●●」が実現しない間は、幸せではないのですから、不幸を感じやすくなります。「●●」を実現した理想の自分と、現在の自分を比較して、「自分はダメなやつだ」などと、劣等感を抱えてしまうケースは珍しくありません。たとえば目標の年収が1,000万円なのであれば、現在の年収が500万円ではうれしくないでしょう。
「自分はダメなやつだ」という気持ちをバネにして、努力すれば幸せになれるのでは?と考える人もいるかもしれませんが、「●●」が実現したとしてもその幸せは長くは続かないのです。なぜならば人間はもっと欲しがる動物だからです。たとえば目標の年収1,000万円を達成しそうになると、年収2,000万円が少しずつ現実的になってきて、「上には上がいる」と落ち込んでしまうのです。
また「●●」が実現すると、「●●」が実現したことで失うものがあることに気づきます。たとえば年収500万円から年収2,000万円になると、確定申告の手間がかかるようになります。そして年収500万円のときよりも、社会保険料・住民税・所得税の負担が重くなることを思い知るでしょう。
そしてどれだけ頑張ったとしても、どうしようもないものがそこにあることに気づくのです。たとえば健康・愛情・友情などが代表例です。どれだけお金を稼いでも、病気になることはあるし、お金で愛情や友情が買えないことを実感してしまうのです。
ここまでくると「●●が実現すれば、幸せになれる」という素朴な図式を信じることは、もはや不可能になります。「●●すれば幸せになれる」という発想そのものがまさしく『絵に描いた餅』であることに気づいてしまうのです。この段階までくると、社会的には成功しているにも関わずうつ病で苦しむケースもでてきます。
これまでの議論を踏まれば・・・もしあなたが「●●が実現すれば、幸せになれる」という信念を素朴に信じているなら・・・それはラッキーなことかもしれないのです。なぜならば「自分はダメなやつだ」と劣等感を抱えてもがいている状態よりも、「●●」が実現したにも関わらず、幸せを実感できない状態のほうが、精神的にはずっとずっとツライことだからです。
以上、『不幸の構造』について、「●●」が「お金(年収)」の事例にして説明してきました。ここで強調しておきたいことは「●●」は、「お金(年収)」以外にもたくさんのバリエーションがあるということです。たとえば・・・
江戸時代に黒船がやってきてから、日本人はさまざまなものをアメリカから輸入してきました。『嫌われる勇気』で有名なアドラー心理学にせよ、『恋愛工学』にせよアメリカから輸入してきたものです。
『恋愛工学』とは、男性が女性を最短距離でベッドへと誘い込むように操作・誘導する技術のことで、ようするにナンパ技術のことです。アメリカではナンパは「Pickup(ピック・アップ)」といい、ナンパ師のことを「PUA」(ピック・アップ・アーティスト)といいます。(女性の読者の方は、このあたりで強烈な拒否感を抱くかもしれませんが、もうしばらくお付き合いください!)
今回『恋愛工学』について紹介した理由は、PUAのカリスマ『エリック・フォン・マルコヴィク』(通称:ミステリー)について触れたいからです。
マルコヴィクは、高校まではゲームに熱中する内気な若者で、女の子との交際経験もほとんどありませんでした。その後、手品に夢中になったマルコヴィクは、手品というものはルーティーンの集積でできており、台本通りの口上(出し物の説明など)や訓練された手の動きなどによって、観客を魅了する技術のことだと悟ります。
手品の手法は、女性を口説くときにも使えるのではないか・・・と考えたマルコヴィクは、10年の思考錯誤を経て、『ミステリー・メソッド』というナンパ技術を完成させ、1,000人を超える女性のナンパに成功します。
美女からモテまくり、出会った女性を次々とベットに誘い込むのは男の夢・・・かもしれませんが、『そうではない』というのが、今回お伝えしたいことなのです。実は、ナンパに成功すればするほど、不幸を感じるようになるのです。このような状態は、『ナンパ師のパラドックス』といわれています。
なぜナンパに成功すればするほど、不幸を感じるようになるのでしょうか?マルコヴィクを取材した記者によれば・・・
ナンパの副作用として、異性を見る目が変わってしまうという点があげられる。あまりに多くの裏切りや、嘘や、不貞を目にすることになるからだ。もし女が結婚三年目かそれ以上なら、たいてい独身の女よりも簡単に落とせることが分かるだろう。
もし女に彼氏がいたら、あとで電話をもらうよりもその夜のうちにファックできる可能性のほうが高いことが分かるだろう。君も気づき始めているだろう。女とは、男と同じくらいワルなのだ。単に隠すのがうまいだけだ。
【引用:裏道を行け】
「ナンパに成功すれば、幸せになれる」と信じている場合、モテなれば「自分はダメなやつだ」と劣等感を抱えるでしょう。劣等感をバネにしてナンパに成功すれば、2回目、3回目の成功を望むかもしれません。
しかしナンパに成功すればするほど『ナンパ師のパラドックス』にハマる可能性が高まり、どうしようもないもの(今回のケースでは「愛」)を自覚するようになるのです。そこではじめて「ナンパに成功すれば、幸せになれる」という信念が「絵に描いた餅」であることを悟るのです。
事実、「PUA」のカリスマとして名をはせたマルコヴィクは、「ほんとうの愛」を実感できず、精神の崩壊寸前まで追い込まれたそうです。(女性の読者は、天罰が下ったと思うでしょう)
「●●が実現すれば、幸せになれる」という信念が生み出す『不幸の構造』について説明してきましたが、歴史を振り返れば、日本人は明治時代から『不幸の構造』に苦しんでいるのです。具体的なエピソードを紹介すると長くなりすぎてしまうので、『空気の研究』で有名な山本七平(やまもと・しちへい)の言葉をかりて説明したいと思います。
明治から戦後までの日本人は、「近代化を実現すれば、幸せになれる」と信じていました。具体的には・・・
明治初期は「暮らしは低く、思いは高く」の時代。その後、日清戦争・日露戦争に続けて勝利した明治後期は「暮らしは高く、思いは低く」の時代。大正時代には「暮らしも思いもある程度の水準を実現」したものの、昭和恐慌・関東大震災などの事件をきっかけに『何をしていいのか一切わからない』という心理状態に突入。戦前(昭和初期)の日本人は「戦争の空気」をエネルギーにして走り出した・・・というのが、山本七平の説明です。
そして山本七平の説明のロジックは、戦後の日本人にも当てはめることができます。戦後の日本人は「経済復興すれば、幸せになれる」と信じていました。具体的には・・・
敗戦直後は「暮らしは低く、思いは高く」の時代。その後、1960年代からの高度経済成長期は「暮らしは高く、思いは低く」の時代。1970年代以降は「暮らしも思いもある程度の水準を実現」したものの、オイルショック・冷戦終結・バブル崩壊などを経て『何をしていいのか一切わからない』という心理状態に突入。平成の日本人は「聖域なき構造改革の空気」「アベノミクスの空気」、令和の日本人はコロナ危機における「過剰自粛の空気」をエネルギーにして走り出しました。
驚くべきことに、明治から現在に至るまで日本人は「●●すれば、幸せになれる」と信じては、期待を裏切られて失望したり絶望したりを繰り返しているのです。どうやら幸せになるためには、「●●すれば、幸せになれる」と信じてはいけないようです。とはいえ、一部の感性豊かな日本人はそのことに気づいていました。
たとえば詩人の石川啄木は、「時代閉塞の現状」というエッセイのなかで『富国強兵』(近代化を実現すれば、幸せになれる)を実現した明治時代を振り返り、「一切の美しき理想は皆虚偽である!」ことを喝破(かっぱ:ハッキリいうこと)していました。
石川啄木の「時代閉塞の現状」が、いまから100年以上も過去の1910年(明治43年)の作品であることに、驚くのではないでしょうか?さて・・・理想を実現することがわたしたち一人一人の「幸せ」に直結するわけではないであれば、はたして、突破口はどこにあるのでしょうか?
そもそも「幸せ」とはなんでしょうか?
日常生活ではあまり意識しないことですが、国や文化が異なれば「幸せ」は異なります。たとえばインドのカースト制度は何千年も続いています。日本人的な感覚では「カースト制度の廃止」は望ましいことかもしれません。
しかしカースト制度の下の階層に「カースト制度を廃止」のアドバイスをすれば、「私は前世で悪いことをして、現世では低いカーストに生まれたんだ。今はカルマ(業)を清算しているので、来世は高いカーストに生まれ変われる。もしカースト制度が廃止されたら、高いカーストに生まれ変われないじゃないか!」と猛反発されてしまうでしょう。
では日本人にとっての「幸せ」とはなんでしょうか?
もちろん日本人それぞれの「幸せ」があることは間違いない事実でしょうが、最大公約数をとれば多くの日本人にとっては、「安心・安全」が「幸せ」なのではないでしょうか。なぜならば日本を代表する心理学者である山岸敏夫さん曰く、日本は安心社会だからです。(ちなみに欧米は信頼社会)
日本の安心社会においては、「腹を割って話せるかどうか」言葉を変えれば「敵(外)か味方(内)かどうか」が重要になります。だから「飲みニケーション」という習慣があるのです。日本人は商売を始めるに当たって、相手といっしょに飲んでから商談を始めるのが一般的です。一方でアメリカ人は、契約がまとまってからいっしょに飲むのが一般的です。
もちろん「飲みニケーションは本当に必要か?」という議論が盛んなように、いまでは「飲みニケーション」に批判的な意見は珍しくありません。しかし飲みニケーションを廃止したところで、飲みニケーションを求める「心の習慣」は、すぐにはなくならないだろうと思います。
たとえば1950年に制定されたインド憲法で、カースト制度は公式に廃止されているのですが、カースト制度はインド社会に根付いています。同様に、忘年会などの飲みニケーションが公式になくなったとしても、「腹を割って話せるかどうか」つまり「敵(外)か味方(内)かどうか」を気にする「心の習慣」は、これからも続くだろうと思います。
事実、2019年に話題になった「老後2,000万円問題」に多くの日本人が反応したのは、老後の安心・安全に関わるからです。またコロナ禍において「不要不急の外出の自粛」が叫ばれたのも、健康の安心・安全に関わるからです。
具体的なエピソードでいうなら、コロナ禍における持続化給付金詐欺で逮捕・起訴された佐藤凜果被告(当時22歳)は、詐欺に加担した動機を「老後に不安があった」と説明しています。詐欺に加担してまで「安心・安全」を渇望する日本人の「心の習慣」は無視できません。以上の議論を踏まえると・・・
安心・安全を希求する日本人にとっての幸せの公式は、「不安を減らし、安心を増やす」と言語化できるのではないでしょうか。しかしここにジレンマがあります。安心・安全の生活はツマラナイのです。
たとえばコロナ禍における「不要不急の外出自粛」が一生続くのであれば、人生はまったく味気ないものになってしまいます。とはいえツマラナイ状態から一歩先に出れば、リスクを覚悟しなければならず、安心・安全から遠ざかることになります。
「一寸先は闇」のリスクを恐れつつも、ツマラナイ日常を壊してくれるポジティブな「何か」を求める・・・という場合、どのような解決策があるでしょうか?それはズバリ・・・「幸運」(ラッキー)です。
「宝くじ当たらないかな・・・」と考えた経験のある人は珍しくないと思いますが、くれぐれも注意しなければなりません。なぜならば「幸運」(ラッキー)を与えてくれると嘯(うそぶ)く「詐欺師」を「救世主」と勘違いすることがあるからです。
「幸運」(ラッキー)というものは、珍しいからこそ「幸運」(ラッキー)というのです。たとえば小説家の村上春樹さんが遭遇した「幸運」(ラッキー)は・・・
銀行に月々返済するお金がどうしても工面できなくて、夫婦でうつむきながら深夜の道を歩いていて、くちゃくちゃになったむき出しのお金を拾ったことがあります。シンクロニシティーと言えばいいのか、何かの導きと言えばいいのか、不思議なことにきっちり必要としている額のお金でした。その翌日までに入金しないと不渡りを出すことになっていたので、まったく命拾いをしたようなものです(僕の人生にはなぜかときどきこういう不可思議なことが起こります)。本当は警察に届けなくてはいけなかったんだけど、そのときはきれいごとを言っているような余裕はとてもありませんでした。すみません……と今から謝ってもしょうがないんですが。まあ、別のかたちで、できるだけ社会に還元したいと思っています。
【引用:職業としての小説家】
残念ながら「幸運」(ラッキー)は、ほとんどやってきません。どうすれば「幸運」(ラッキー)に頼ることなく、「不安を減らし、安心を増やす」という「幸せ」を実現することができるのでしょうか?
実は・・・解決策はとてもシンプルです。ズバリ・・・「生きる力を増やす」です。なぜならば人は生きる力が増える(成長)すると安心し、逆に生きる力が減る(衰退)すると不安になるからです。
常に成長を目指し、毎日、少しずつでも成長し続ける人は、心がやすらかになります。一方、毎日、少しずつでも衰え続ける人は、不安になります。不安に陥っている人は、決して幸福にはなれません。ですから成長こそが、「幸せ」の必要条件なのです。
では「生きる力を増やす」ためには、具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか?
まずはカラダを成長させることが挙げられます。また大人になってカラダの成長が止まっても、知識や判断力を成長させることは可能です。経験・読書・話し合いなどを通じて、世界と自分のありさまを理解すれば、問題に対処する能力を向上させることができます。これが成長です。
たとえカラダや知能が成長しなかったとしても、成長を続けることは可能です。たとえば自分が頼れる「友だち」をつくることです。困ったときに助けてくれる「友だち」が一人増えれば、生きる力の増大(成長)につながります。
また「友だち」を「誰か」に紹介すれば、「友だち」と「誰か」の新しい絆が、あなたの生きる力の増大(成長)に間接的につながるかもしれません。さらに既存の「友だち」が、あなたに「誰か」を紹介してくれることがあれば、あなたの生きる力の増大(成長)につながることもあるでしょう。
たとえあなたが歳をとって、カラダや知能が弱ったとしても、あなたがもし自分の子どもと「友だち」になることができているなら、子どもが「友だち」をつくり、またその子どもが子どもを産むことで、あなたを支えてくれるネットワークは自動的に強化されていくでしょう。
以上のように生きる力を増やすことができれば・・・「不安を減らし、安心を増やす」という日本人にとっての幸せの公式を解くことができるはずです。
さて・・・ここまでの話を理解したあなたが気になるのは、「どうすれば成長できるのか?」ということではないでしょうか?
成長するためには行動する必要がありますが、むやみやたらに行動しても成長できるわけではありません。成長するためには、意味のある行動をしないといけません。では、意味のある行動とは?というと、それは結果として成長できるような行動です。まさに堂々巡りです。
しかし成長するためには、この堂々巡りを回避することはできません。ひとりひとりの人間が、それぞれに意味を見出すしかないのです。自分でやってみて、意味があるかないか、感じるしかないのです。
ここで少なくない読者の方々は、意味があるかないかわからない状態で行動することが、成長のために乗り越えなければならない大きな「壁」になっていることに気づくでしょう。
しかし本当は「壁」というものは存在しないのです。「壁」というものがあるとするなら、それはあなたの心の中にしか存在しないのです。このことを理解する上で、解剖学者であり『バカの壁』で有名な養老孟司さんのエピソードが参考になります。
大学を辞めると決めたとき、教授会の後で、みんなに辞めるって報告したんですよ。そしたら、内科の教授がやって来て、「辞められた後は、どちらか行かれるんですか」って言うから、僕は「いや、何にも決めてません。辞めてから考えます」って言った。そしたら、彼は「そんなことでよく不安になりませんね」って(笑)
それで、こっちは、「先生、いつお亡くなりになるんですか」って聞いたんだよ。そしたら、「そんなこと分かるわけないでしょ」って言うから、「それでよく不安になりませんね」って言い返してやった覚えがある。でも、理屈で言えばそういうことになるでしょ(笑)(中略)自分の命日も分かんないのに、何を心配してんだよって。
【引用:AI支配でヒトは死ぬ。】
わたしたちは自分の命日もわからないのです。一寸先は闇なのです。しかし一寸先が闇ということは、たった今は光だということです。たった今はずっと続くのですから、明日になったらまた今ですし、明後日になったらまた今なのです。
そもそも一寸先が闇であったとしても、先のことなんてどれだけ考えたところで正確に予測することはできないのです。先のことを考えて不安になるくらいなら、先のことなんて考えなければいいのです。
養老孟司さんは、解剖をやっているときが一番落ち着いていられたといいますが、何をやっているときに落ち着いていられるか感じるためには、「これをやったら、どうなるか」というような考えは一旦横に置いて、いろいろなことに挑戦するしかないのです。
あなたは何をやっている時が、一番落ち着くでしょうか?きっとあなたの幸せはそこにあるはずです。
【完】
「どうすれば、幸せになれるのか?」と考えてしまうと、幸せから遠ざかる・・・と、本レポートの冒頭でお伝えしましたが、新しい発見はあったでしょうか?
理解を深めてもらうために、本レポートでお伝えしたかった重要なポイントをまとめておきたいと思います。もっとも重要なポイントは・・・幸せを語る上で重要なことは、言語ではなく感覚だ・・・ということです。
言語というものは、他人に伝えることが出来るからこそ価値があります。その証拠に、自分だけが理解できる言語には意味はないでしょう。言語はたくさんの人間同士で価値観を共有する便利なツールです。
しかし言語には使用上の注意点があります。たとえば「●●が実現すれば、幸せになれる」というような「言葉」は、他人から与えられた価値観である可能性が極めて高いのです。その証拠に、生まれたばかりの赤ちゃんが「いい学校・いい会社・いい人生」というような昭和すごろく的な価値観を信じているなんてことは、あり得ないでしょう。
きっとどこかのタイミングで、親や教師から「人生とはこんなものだ」というような価値観を与えられたに違いないのです。たとえばコチラ↓↓↓
パパが娘に見せた「人生のしくみ」メモが
本質すぎて、大人になった自分に刺さりまくる… pic.twitter.com/3aZwChsWV0— さっくん (@sakkun_invest) April 8, 2025
特定の言語(日本語)で、特定の価値観(たとえば偏差値の高い大学に入ることが重要という物語)を与えられると、その価値観を貫徹するために「感覚」を押し殺すことが推奨されがちです。たとえば志望校に合格するために、恋愛したい気持ち(感覚)を押し殺して、勉強する・・・というのが典型例です。
ちなみに中学受験で第一志望校に合格する割合は「3人に1人」というのが実態なのだそうです。あらゆる感覚を押し殺して、受験勉強に没頭しても、「勝ち組」になれる保証はありません。中学受験で第一志望校に合格した場合でも、喜んでいる余裕はありません。なぜならば大学受験・就職試験・資格試験・出世競争と、競争はずっと続いていくからです。
「わたしは勝ち続けるので大丈夫です!」と主張する人もいるかもしれません。しかし本レポートで説明したとおり、勝ち続けても「幸せ」にはなれません。なぜならば勝ち続ければ勝ち続けるほど『不幸の構造』のアリ地獄にハマっていくからです。
「今のわたしは負け組だが、勝ち組になれば幸せになれる」「このまま勝ち続ければ、幸せになれる」と信じている人が、見落としてることはなんでしょうか?それは・・・幸せとは獲得するものではなく、感じるものだ・・・ということです。
幸せとは感じるものだ・・・ということを見落とすと、無駄な努力を積み重ねて、いらないものを手に入れて、喜んだフリをするのが関の山で、しばらくすると落ち込みます。そういうことを繰り返すうちに、自分で自分の感覚を押し殺すことに慣れてしまって不感症になってしまうのです。
とするなら、もしかしたら・・・あなたが「幸せ」を感じられない本当の原因は、『不感症』なのかもしれません。心当たりがある方のために、どうすれば『不感症』を乗り越えることができるのか?ということについて触れておきたいと思います。
実は・・・この問題は、難問中の難問です。なぜならば『不感症』の人は、『不感症』を乗り越えることのメリットを感じることができないからです。そもそも『不感症』の人は、『不感症』をどうにかしようとする動機づけを調達すること自体が、ムズカシイのです。
これまでのレポートの内容を踏まえれば、これはいわゆる『鍵のかかった箱の中の鍵』問題なのです。幸せになる(箱を開ける)には、感覚(鍵)を必要とします。もちろん感覚(鍵)は、幸せを感じた後(箱が開いた後)であれば取り出すことができます。しかし感覚(鍵)は、幸せになろう(箱をあけよう)とする過程には与えられていないのです。
では『不感症』を乗り越えるなんて期待するだけムダなのか・・・というと、必ずしもそうではありません。「感覚を再生したい!」と願いつつ、前向きな気持ちで日常生活でいろいろなことに挑戦することが大切なのです。
なぜならば「感覚を再生したい!」と願い、前向きな気持ちで日常生活を過ごしていると、ある日突然・・・いままで感じたことのない感覚に出会ったり、かつては感じていたのに忘れていた感覚を思い出すことがあるからです。
まとめると・・・「感覚(鍵)があれば、幸せになれる(箱が開く)」と考えている限り、「箱(鍵)は箱の中に入っているので幸せにはなれない」と思い込むことになります。しかし幸せになれる(箱が開く)と願っていると、心の奥から感覚(鍵)が湧き上がってくることがあるのです。
専門的な話になりますが、「感覚(鍵)があれば、幸せになれる(箱が開く)」というような考え方のことを『原因論』といい、「幸せになれる(箱が開く)と考えると、感覚(鍵)が湧きあがってくる」というような考え方のことを『目的論』といいます。
『原因論』から『目的論』に、あなたの考え方を変えることができるでしょうか?
言葉にできない「幸せ」を、レポート(言葉)で伝えることは不可能です。しかし今回はあえてその不可能に挑戦してみることにしました。
もちろん「幸せ」に関連して、お伝えしたいことはもっとたくさんあります。興味がある方は、毎朝8時頃にお届けしているメールマガジンをチェックしてください。そしてメールマガジンの内容に興味があれば、会員制サイトにも遊びに来てください!
それではまたメールマガジンでお会いしましょう!